東京地方裁判所 平成10年(ワ)9403号 判決 1998年11月27日
原告 株式会社 伸富開発
右代表者代表取締役 田村秀成
右訴訟代理人弁護士 小見山繁
被告 黒田美智子
右訴訟代理人弁護士 海部幸造
主文
一 原告の請求を棄却する。
二 訴訟費用は、原告の負担とする。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 被告は、原告に対し、別紙物件目録記載(二)記載の建物を収去して、同目録(一)記載の土地を明け渡し、かつ、平成一〇年五月九日から右明渡済みまで一か月一万二〇〇〇円の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は、被告の負担とする。
3 仮執行宣言
二 請求の趣旨に対する答弁
主文同旨
第二当事者の主張
一 請求原因
1 (もと安田所有)
安田千代子(以下「安田」という。)は、もと別紙物件目録(一)記載の土地(以下「本件土地」という。)を所有していた。
2 (原告の土地競落)
原告は、平成一〇年四月一三日、競売による売却により本件土地の所有権を取得した。
3 (被告の土地占有)
被告は、本件土地上に別紙物件目録(二)記載の建物(以下「本件建物」という。)を所有して本件土地を占有している。
4 (賃料相当損害金)
平成一〇年五月九日以降の本件土地の相当賃料額は、一か月一万二〇〇〇円である。
5 (結論)
よって、原告は、被告に対し、本件土地の所有権に基づき、本件建物を収去して本件土地を明け渡すこと及び本件訴状の送達の日の翌日である平成一〇年五月九日から本件土地明渡済みまで一か月一万二〇〇〇円の割合による損害金の支払を求める。
二 請求原因に対する認否
1 請求原因1(もと安田所有)は認める。
2 同2(原告の土地競落)のうち、本件土地が競売されたことは認めるが、その余は知らない。
3 同3(被告の土地占有)は認める。後記のとおり、被告は、安田から、昭和四一年四月一日、本件建物所有を目的として本件土地を賃借し、その引渡しを受けているものである。
4 同4(賃料相当損害金)は否認する。
三 抗弁
1 (土地賃貸借)
被告は、安田から、昭和四一年四月一日、期間・一〇年の約定で本件土地を賃借してその引渡しを受け(以下「本件賃貸借契約」といい、被告の右賃借権を「本件賃借権」という。)、昭和五〇年四月一日、本件賃貸借契約が更新され、その期間が昭和七五年三月三一日までの二五年間となった。現在の地代は、一か月一万二〇〇〇円である。
そして、被告は、本件建物について、昭和三四年一月八日、所有権移転登記を経由している。なお、本件建物の登記の所在地番の表示においては、「葛飾区《中略》四六九番地」とされていたが、平成一〇年二月四日、錯誤を原因として「葛飾区《中略》四七〇番地四」と更正されている。右四六九番と四七〇番は、隣接する地番であり、本件建物の登記の右所在地番の誤りは、その登記の表示全体において、建物の同一性を認識できる程度の軽微な誤りであって、更正登記ができるようなものであるから、被告は、本件土地の所有権を取得して賃貸人の地位を承継した原告に対し、本件賃借権を対抗できる。
2 (権利濫用等)
被告は、本件賃貸借契約の地代債権を有限会社丸善に譲渡した旨の安田からの通知に基づき、平成六年四月分から本件賃貸借契約の地代を有限会社丸善に送金してきたところ、原告と有限会社丸善は、同一人を代表者とし、極めて緊密な関係にあって、原告は、被告の本件賃借権の存在を十分に知っていたものというべきであるから、原告は、賃借土地上の建物の登記がないと土地賃借権を対抗できない第三者に該当しないし、少なくとも原告が被告に対して右第三者の地位を主張することは、権利の濫用になるというべきである。
四 抗弁に対する認否
1 抗弁1(土地賃貸借)は認める。ただし、被告が原告に対し本件賃借権を対抗できる旨の主張は争う。前記四七〇番四の土地(本件土地)と前記四六九番一ないし七の各土地とは、分筆の結果、現在では隣接していないし、本件土地の競売手続を担当した裁判官も、現況調査報告書に基づき、本件土地上には、被告所有の未登記の建物が存在するが、被告の主張する本件賃借権は、買受人に対抗できない旨記載した物件明細書を作成しているのであるから、本件建物の登記の右所在地番の誤りは、建物の同一性を認識できる程度の軽微な誤りとはいえない。結局のところ、被告は、本件土地上の建物の登記がないものとして、原告に対し、本件賃借権を対抗できない。
2 同2(権利濫用等)のうち、原告と有限会社丸善の代表者が同一人であることは認めるが、有限会社丸善と安田との関係は知らないし、その余は争う。
第三証拠《省略》
理由
一 請求原因について
1 請求原因1(もと安田所有)は、当事者間に争いがない。
2 請求原因2(原告の土地競落)のうち、本件土地が競売されたことは、当事者間に争いがない。《証拠省略》及び右争いのない事実によれば、請求原因2の事実が認められる。
3 請求原因3(被告の土地占有)は、当事者に争いがない。
4 請求原因4(賃料相当損害金)は、《証拠省略》により認められる。
二 抗弁について
1 抗弁1(土地賃貸借)について
(一) 本件賃貸借契約について
抗弁1記載のとおり、本件賃貸借契約が締結され、被告が、本件賃借権に基づき、本件土地上に本件建物を所有して本件土地を占有していることは、当事者間に争いがない。
(二) 本件建物の登記の所在地番の誤りについて
1 《証拠省略》によれば、抗弁1記載のとおり、本件建物の登記における所在地番(所在・葛飾区《中略》四六九番地)の誤りがあり、平成一〇年二月四日、錯誤を原因として右所在地番が更正され、本件建物が本件土地上にある旨(所在・葛飾区《中略》四七〇番地四)表示されたことが認められる。
問題は、本件建物の登記の右所在地番の誤りにより、被告が、本件賃借権について、借地借家法一〇条一項(旧建物保護ニ関スル法律一条)による保護を受けることができないことになるのかという点である。そこで検討するに、土地を買い受ける者は、現地を検分して建物の所在を知り、ひいて借地権等の土地使用権原の存在を推知することができるのが通例であるから、借地権のある土地上にある建物の登記が、錯誤又は遺漏により、建物所在の地番の表示において実際と多少相違していても、建物の種類、構造、床面積等の記載と相まち、その登記の表示全体において、当該建物の同一性を認識し得る程度の軽微な誤りであり、殊にたやすく更正登記ができるような場合には、右規定による対抗力を認めるのが相当である。
2 そこで、本件建物の登記の右所在地番の誤りが右軽微な誤りか否かにつき検討するに、《証拠省略》によれば、次の事実が認められる。
更正登記前の本件建物の登記の所在地(四六九番地)は、本件土地(四七〇番四)の分筆前の四七〇番の土地と隣接し、現況調査報告書において被告が本件土地上に所有する件外建物とされている建物の種類、構造及び床面積は、居宅、木造瓦葺二階建、一階・約四九・四一平方メートル、二階・約三二・一三平方メートルとされ、本件建物の登記上の種類(居宅)、構造(木造瓦葺二階建)及び床面積(一階・四七・三五平方メートル、二階・二六・九〇平方メートル)と極めて類似している。また、被告が本件土地の競売通知を受けて本件建物の登記の所在地番の誤りに気がついて、右所在地番の更正登記を申請したところ、平成一〇年二月四日には、何ら問題なく本件建物の登記の所在地番が四七〇番地四(本件土地)に更正されている。
右認定事実によれば、本件建物の登記の右所在地番の誤りは、その登記の表示全体において、建物の同一性を認識し得る程度の軽微な誤りであって、更正登記が容易なものであったというべきであるから、被告は、本件賃貸借契約の賃貸人の地位を承継した原告に対し、本件賃借権を対抗できることとなる。
3 これに対し、原告は、本件土地の競売手続を担当した執行官や裁判官も、被告が本件土地上に登記した建物を所有することを発見できなかったから、本件建物の登記の右所在地番の誤りは、被告が原告に対し本件賃借権を対抗できる軽微な誤りとはいえない旨主張する。
そこで検討するに、《証拠省略》によれば、次の事実が認められる。
右競売手続(東京地方裁判所平成六年(ケ)第二五四三号事件)における現況調査を担当したA野太郎執行官は、本件土地上に被告所有の建物(件外建物)が存在していたので、本件土地の所有者である安田から事情を聴取したが、被告が不在であったので、本件賃借権の有無等について被告から事情を聴くことはできなかった。そこで、A野太郎執行官は、被告の借地権の有無等については、安田からの事情聴取及び被告からの回答書により認定できると考え、右件外建物の登記の有無について調査するために、所轄の法務局出張所に赴き、件外建物の所在を本件土地とする申請書(様式は、甲六号証の一添付の申請書のとおりである。)を提出して、右調査を依頼したところ、登記はない旨の回答があったので、不動産競売申立ての際に本件建物の登記簿が添付されていなかったが、安田に対する事情聴取の結果等を総合して、平成六年一〇月一日、本件土地上には、借地人である被告所有の件外建物があるが、被告名義の建物登記はない旨記載した現況調査報告書を作成して提出した。その後、平成九年九月一〇日、右現況調査報告書等に基づき、本件土地上には被告が所有する未登記の件外建物(本件建物)が存在するが、被告の本件賃借権は買受人に対抗できない旨の物件明細書が作成された。
右認定事実によれば、執行官は、右件外建物の登記の有無につき法務局出張所に調査を依頼したのみで、自らは本件建物の登記簿を閲覧するなどの調査をしていないのであるから、本件土地上には被告名義の建物登記がない旨記載された現況調査報告書等が作成されているからといって、直ちに本件建物の登記の表示全体において、登記された被告所有の建物が本件土地上に存在していることを執行官が認識し得なかったとはいえない。他に前記認定を覆すに足りる証拠はない。
2 結論
以上によれば、その余について判断するまでもなく、被告は、原告に対し、本件賃借権を対抗することができることとなる。
三 結語
以上によれば、原告の本件請求は、理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法六一条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 西口元)
<以下省略>